黒門・道標

井の頭公園の歴史(35)

井之頭弁財天を出て、前の石段を登り、右手に大盛寺を見ながら住宅地を南に150m程、歩くと井之頭公会堂に至ります。その斜め手前に『黒門』と呼ばれる木製の鳥居があります。江戸時代から大正時代にかけて盛んだった弁財天詣での参道入口の門があったところです。

1899(明治32)年の甲武鉄道(現JR中央線)の吉祥寺駅の開設、1917(大正6)年の井之頭恩賜公園の開園、1933(昭和8)年の帝都電鉄(現京王電鉄)の井の頭線の渋谷から井の頭公園駅までの開通などで、人の流れは大きく変わりましたが、江戸時代の市中の人々の弁財天参詣の表参道入り口でした。

甲州街道を高井戸から久我山・牟礼村を経て参道に至る道筋には、『井のかしら弁天道』の道標が今も残っています。特に、参道入口の黒門横には『神田御用水源井頭弁財天』と刻まれた道標は高さ2.4mの立派なものです。

この棹石道標は1745(延享2)年建立、1784(天明4)年改建されたものです(「三鷹市教育委員会設置の道しるべ」より)。台石には「中村座」、「肥前座」、「薩摩座」などの江戸の劇場名や芝居、浄瑠璃等の関係者の名前が刻まれています。

なお、『道しるべ』脇にある大黒天像は三鷹市唯一の石像です。

黒門と道標
黒門と道標
大黒天
黒門の横の大黒天は、市内唯一の大黒天の石像
Posted by あか井の

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